あるフ

妊婦とゲイとボサ・ノバが死ぬほど嫌いな アルフレッドが死んだ。

 

『日本語の、なんか動詞とか教えてくれよ』

 

ドイツにはクーラーがないことを知った一昨年の夏、

蒸し器みたいなインターネットカフェで、いきなり隣に座って話しかけてきた。

 

客は自分一人しかいなくて

朝イチからエロサイトをくまなくサーフした、バイトのアルフレッドは暇だった。

 

アルフレッドが夢を語る。

 

『トウキョウで、ホットドッグ屋かドーナツ屋やるんだ。

どうだ? おまえ、のらねえか? 儲かるぜ。』

 

ニホンのドーナツ屋は15分で焼きたてドーナツ廃棄するんだよ、と言うと

 

『ば、ばかじゃないのか?』

 

それがいかに馬鹿げているかを説明するのに

彼は自分の生い立ちから、熱っぽく語りはじめるのだった。

 

めんどくさくなりそうだったので、日本語の動詞を教える。

 

『すルッ スるッ Hey サトシ! クールじゃないかそれ! スルッ!!』

 

ある日、アルフレッドが顔面包帯まみれでレジに座っていた。

どうしたんそれ? ときくと、

中央駅で突然、黒人4人組に囲まれて、線路に突き落とされたのだという。

 

『ファックだよ、世界はクソだ』

 

でもアルフレッドとメシを食いに行ったときの、彼の凄まじい行儀の悪さは

事故当時の現場の状況を容易にうかがわせた。

 

アルフレッドは 人種や色や性別や年齢や国籍問わず、老若男女全てを蔑む。

ためらわず嘲笑い、隠すことなく足蹴にする。

 

すごく真面目で、その上とんでもなく頭が悪いことに端を発するのだと思う。

よく、隣の8番席に座ったトルコ人オヤジが見ているエロサイトの画像を

レジの統括PCで勝手にプリントアウトしては、ピラピラさせて

 

『おいサトシ!これ見ろよ!すげーんだよ!ゲラゲラゲラ』

 

とかやっていた。

 

当のおやじは真っ赤だったが、いつものことなので憮然としていた。

プリントアウトされた画像の圧倒的な趣味の悪さと

アルフレッドの果てを知らぬ頭の悪さに、

ぼんやり広すぎる世界のことを思った。

 

アトリエを借りてから、アルフレッドの店の前をよく通るようになった。

もう半年くらい姿を見ない。

 

多分、足の悪いのをコケにされた老婆かなんかに

杖で叩き殺されたのだろう。

 

墓に「ハラジュク」とかケチャップで書いたホットドックでも

供えたいと思ったけど、思ってみただけだった。

 

アルフレッドの真似をして、

口笛とフィンガースナップでリズムをとりながら歩く。

 

『ファックだよ、世界はクソだ』

 

ゆるやかに歪んだ足音が聴こえて、

たしかにそこには見慣れない景色が拡がる。