トマト

雨ふってて真夜中で、
路面電車の停留所、きちゃないおっさんと二人きりでいた。

 

独りでプカプカ煙草吸ってるの気まずいので
おっさん、吸う?て聞くと
驚いたように顔をしかめたあと、
なんかぶつぶつ言って受け取った。

 

袋ごと持ってかれそうだったので、取りかえす。

 

電車はなかなか来なくて、雨はあいかわらず静かだった。
考えるまでもなく、その世界にはおっさんと自分以外
名前のあるものなんてなんにもなかった。

 

そしてあまりに電車が遅いので、
二人とももう とうに名前なんて無くしていた。

 

おっさんがトマトソースの缶詰めを、ぐいと こちらへよこす。

 

「煙草一本でこんなん貰われへんわ。」

 

返すと、
おっさんは無視して、「わしホカない」と言った。

 

頑固なので、彼の古びたかばんに缶詰めを無理矢理つっこむと、
ほんとにその缶詰め以外なんも入ってなかった。

 

おっさんの乗る電車がやってきて、
まだ雨が降っていた。

 

目で電車を見遣ると、
車内でおっさんが、地面に平行に腰のまがった婆さんを手伝ってた。

 

眠そうだった。

 

電車がなかなか来ないので、
長いアクビをした。

 

雨が降ってるのに、星が見えた。