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イキも凍る朝、イキなのか煙草の煙なのかわからない曖昧な白を目で追った。
凡常と惰性に溢れた、或る朝の1パートにて
バチちバチんゆう乾いた羽音と、間の抜けた真摯さが交錯するので
頭上を見上げると、たゆたってた煙ガ唐突に目にしみる。
ぶしゅ と漏らし、目をつぶる。
揶揄なのか比喩なのか、ようわからん表現がある。
バカと煙は高いとこ ™
街灯を覆う円錐形の傘のてっぺんで、
ミツバチが、ひたすら頂上一点を目指していた。
ガツンガツンと自由を求める体当たりには、安堵と共に迎える終止なんて、あるべくもなく。
疲れてちょっと高度がおちれば、たちまち眼前には360°選びようもない自由を得られることを、彼は知らない。
いつかハネが破れ なにもかも終わるとき、
一体じぶんを遮っていた壁がなんだったか、わからなくなるような茫漠な大地で、彼は永遠になる。
そっちには蜜ないゆうたやんけ。
ゆうてないか。
なんも知らんのんは、キミだけちがうか。
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ことわざや慣用句、国語辞書をひたすら覚えつづける、でたらめな幼少期を過ごしたので、
目から入る情報がいちいち先人のマーフィートリックにひっかかる。
個人やワがの感情、己というものはそのたびに霞がかって影になる。
ワラベウタが決して個人によって作られることがないように、
歴史はいつも、顔のない”集まり”ゆう怪物によって彩色される。
ときにはコントロールできないほどの、個の熱情でさえ。
昨年の冬、ベルギー・スペインツアーの流れで、韓国アーティスト二人がウチに遊びに来ていたとき、
韓国のことわざと日本のそれを照らし合わせて、その多くが被っていることに、徹夜ではしゃいだ。
見覚えのない、耳なじみのないのんに至っても、
あー、、ていう慣用句独特の、毒にも薬にもならん感はおんなじ。
トラは皮を残す ヒトは名を残す
名前のない顔がつむぐのは、
時間のふりをした孤独と、脆弱でだだっぴろい思い。
ヒトにいうのが恥ずかしいけど、大学でドイツ文学を専攻していた。
いまだ、道に迷った老婆に然るべき引導も渡せず、倒錯した言葉の羅列で路頭に迷わせるけれど。
トマスマンの原文、最初の1行の3つめの言葉を辞書でひいたとき、8個くらいあちこちを向いた意味があって、
ジャガイモとビールとカントリーとお城とお姫様的女の子、で歳をとってない自分は、2秒であきらめた。
10も歳の違うこちらで育った女の子と、カフカの話をしていたとき
教科書で読んだことあるんだけど、と彼女は言った。
『ご飯食べるとき、”いただきます”って言うでしょ。あれドイツにはない。そういうとこ。』
言葉には目もくれずミツバチは、鉄でできた幸福な死を蔑んでいるのかもしれない。
ほんとうに大事なのは勝ち負けじゃないんだよ、とかいうのが苦手なのかもしれない。
ちょっと。
おれも、高いとこ超すきー。
(吊り橋の真ん中、ふるえる脚で両の手すりをむんずとワシづかみ、うわずる声で)