薔薇の樹とカミ
線路ぞいの長い小路に、イチゴがなってた。
お、イチゴやと モイでパクパク食う
顔を上げてよぅ見ると、イチゴはみち沿いに果てしなく熟っていた。
夏のあいだ中ここにいれば
働かなくても食ってけるんじゃないか。
冷たい夏のド真ん中 立ち止まる。
赤いのんより黒いのんほうがンまい。
ローゼンバウムさんとこの印刷所は
古くて何に使うかわからない胡散臭くてカッちょいい機械がたくさん並んでいる。
ローゼンバウムさんが紙を裁断するときに使うのは
静かで重たいノイズののる巨大で古びたマシーン。
おっさんは肘のトコまで突っ込んで調整するので
裁断する瞬間とか、とてもじゃないけど直視できない。
ドフ、と感情の匂いがまるでしない乾いた音とともに、1ミリもずれず20センチ角の正方形。
ローゼンバウムさんの肘から下、
当たり前のように、でも奇跡的にいつもそこにある。
印刷所のヨコには、駄洒落のようにRhodes(ローズ)の店があって、
そこで弾かせてもらうSuitcaseの音色は、正しくて情けない全てを支持する寛容さで、静かに響く。
Rhodesとトロンボーンしか置いてない、圧倒的に偏った品揃えのこの店。
ドイツでは珍しく店員がよく話しかけてくる。
いや、狭いから仕方ないのか。
目を付けていた状態のいいアンプ付きのやつが、売れてしまった。
いっつもそればっか弾いてたのでおっさんが
『あれもう売れたよ。再来週、状態いいの5台はいるよ。』
てか買わない(買えない)のにグッドアドバイス、すまんおっさん。
白と黒の板から小さなテコをいくつも咬ませて、鉄板を棒で叩く。
ニンゲンは暇つぶしの方法を見つけるのに長けている。
ダッチワイフや散弾銃や、言葉や流行色や水族館。
アンプからは、とり立てて意味も物語も与えられなかった時間の匂い。
バチバチとクぐもったビューからは泥臭くて生ぬるい、溜め息じみた振動。
お気に入りのRhodesがなくなったし、やることがないので
『ちょっとトロンボーン吹かしてよ。』言ぅたら、
もうお前帰れよ頼むから、ゆう顔された。
折り目正しい英国紳士のような惰性じみた精緻さで
今日もきっちり日は暮れる。