stadt,stadt

『三年前にも、同じ事があったんだ』

 

 

まっ暗な部屋。

バッテリーで動いてるラップトップの白いバックライトだけが、

そこにいるハゲを、ハゲと知覚させる。

 

『煙草、いる?』 とハゲ。

「いや、あるよ」

『暗闇で巻くの難しいだろ?遠慮するなよ。』

「いいて。 あ、火ー貸して」

 

雪降り止んで、冷たい夜明け前。

通りの街灯のオレンジ色が、ペラペラに積もった雪に反射して

遮るもののない窓からイイワケ。

 

:::

 

バゴンっっっっっ

 

音がして、部屋が真っ暗になった。

落とし穴みたいな静寂。

 

ラップトップだけが、洞穴の横井さんよろしく、状況の変化に適応できてない。

ハードディスクのカリカリいう小さな音は、

「さあ始めろよ」と、静謐で残酷な佇まい。

 

舌打ちして立ち上がる。

足下の暗闇にいた何かを踏んで、不意な痛みに飛び上がる。

 

玄関のドア越しに、聴こえる独り言。

隣のおっさんが配電盤をあけて、なにやらテンパっている気配。

 

やっぱりおっさんが、またなんかやらかしたか。

再び舌打ち。乾いた空気の暗い部屋。響く。

 

懐中電灯がなくて、

ちょうどライターのオイルもきれたとこで

仕方なくラップトップからコードを引っこ抜いて 玄関の扉のとこまで歩いていく。

 

鉄人28号の正太郎君を思い出す。

ドアを開けると、白いバックライトに照らされて

配電盤の蓋をあけたおっさんと自転車が現れる。

 

「、、、なんかいじった?ブレーカー落ちてんだけど。うち。」

『いや。』

ため息まじりでおっさんは言った。

 

『三年前にも、同じ事があったんだ。あの時もちょうど今くらいの時期だったよ』

 

おっさんの苦し紛れの言い訳に耳を貸さずに

真っ暗な廊下の電気のスイッチを押す。

無反応。

 

カシャ、カシャいう音が、暗い廊下に響く。

 

「なにこれ?停電?ほんまに」

『ああ、近頃冷え込んだからな。どっかでケーブルがいっちまったんだろう。

今ソトから帰ってきたんだが、この通りの建物は全滅だ。』

 

ため息をついて、部屋に戻る。

光源がラップトップだけなので、なぜかおっさんも部屋についてくる。

 

いいけど、靴ぬいでよおっさん。

 

暗闇の中で、煙草を吸いながらおっさんとまったり話をする。

見ない間におっさん、スキンヘッドになってていかつい。

 

人なつこい笑顔がなかったら、悲鳴をあげるくらいいかつい。

窓ごしに、通りを行き過ぎるミドリ色のトラック。

 

『ああ、シュタットヴェルケだよあれ。もう復旧する』

「早いねえ。ドイツなのに。」

『ああ。早いな。3年前も10分くらいで復旧した。』

 

おれも電気工事をやってるんだ、おっさんは言った。

今のはアピールだろうかと一瞬考えて、いや言ってみただけなんやろなと思い直す。

 

パチン。

 

暗闇に潜んでた日常が、したたかに”10分前”を再開する。

散らかった部屋。

明確になるおっさんのいかつい頭。

 

『よし戻った』

「ごめん、きたない部屋で」

 

なんで今あやまったんやろう、後悔しながら

おっさん靴ぬげよ、とまた思った。

 

『音楽機材はどうした?前は山ほどあったろ?』

「ん、去年アトリエ借りたから、そっちに全部移したよ。」

『そうか。どうりで最近静かだと思ったよ』

 

天井のライトがチリチリと温度差に戸惑っているのに気づかず

おっさんは自分の部屋に帰っていった。

 

電気を消して、ぼーっとする。

あの唐突な穴ぼこのような暗闇も静けさも、もう戻らない。

煙草がきれる。

やっぱおっさんに煙草もらっときゃよかった。

 

暗闇はやけに親密で、

度をこした謂れのない街灯のオレンジ色がまるで

海底におとしたイカリみたいやった。

 

微妙に動いてるような気がする。このイカリ。