doggy : paddle

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ソーセージをほおばりながらアトリエに向かっていると、

黒い小犬が、全力疾走でついてきた。

 

全力疾走、ゆうても

こっちはソーセージにかけすぎたマスタードのせいで、スーパー牛歩だったので

犬が、勝手に全力だった。

 

足もとに追いつくと犬は踵(きびす)を返して、此処からは姿も見えない飼い主の方に向かって駆け、

思い直したように鮮やかなVターンをきって、また足もとに戻ってくるのだった。

 

元来 生き物の『走る』は、目的じゃない。

一刻を争う目的に 少しでも早よ近づく為に走り、

個我をおびやかす差し迫った難から逃れる為に、走る。

 

この犬はアホなんだろうか。

 

事態は決して切迫してはおらず、

小犬の緊張感皆無のその表情からは、とりたてて目標へ向かう強大な意志も見受けられなかった。

 

犬は、全力で走った。

 

走らなければならないから走るのではなく、

どうしても手に入れたいから走るわけでもない。

 

ただの全力。

滑稽だ、意味不明だと笑い飛ばされる類の渾身。

 

その小さな視界のソトガワでは決して、価値や評価を与えられることのない個の在り様。

 

ヘッ、ヘッ、と舌を出し息をきらして、

黒い小犬は物欲しげに見上げる事も、媚びせがみ一声吠えることもせず、

ふつうに全力だった。

 

7割がた食い終えるまで、視界にカットインする足もとの黒い影が犬だと気がつかなかった。

はたして気がつかぬ程度の存在だったそれに、

意図せず存在を問われそうになった。

 

効率的、合理的に組み立てられていく景色。

誰もが全幅の安堵はせぬまでも、歴史も思いもその中で形作られる。

 

目指すところや大いなる理想、達成すべきビジョンや積年の願い。

もちろん時代という誘因があって、そこでヒトがとる行動やその内的過程は

しかるべき場所と意義を持つ。

 

ただ。

 

いや、そりゃないだろ。いう矮小なモチベーションやベクトルに、やにわに目を奪われる。

くだらない、生産性のない、帰属すべき必然もない、一瞥のもとに掻き消される道端の衝動は、

十全に屹立する世界そのものだった。

 

残酷で、とるにたりないアリフれた物語は、語られることなくその体を永遠にする。

鳥かごん中のフンみたいに、宇宙中に散らばる。

 

そのシミみたいな斑紋は透明で質量もなく、ずっとそこにあり続ける。

凡庸で幼く、絶望的に完璧な姿をとどめたまんま。

 

いや、それはええけどソーセージやれへんぞ。犬。